フランシスコ・デ・ゴヤ

ディエゴ・ベラスケスと並びスペインにおいて最大評価を得る画家。

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フランシスコ・デ・ゴヤはスペイン生まれの画家で宮廷画家として名を馳せた人物である。40歳でスペイン最高の画家としての地位を手に入れたゴヤだったが、突如聴力を失ってしまう。その後も精力的に制作活動は続けていた。82年間の生涯だったが多くの名作を世に残している。代表作は「着衣のマハ」・「裸のマハ」などがある。

代表的な作品

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1746年にゴヤはスペインで生まれた。父親がメッキ職人であった為、幼いころから芸術が身近にある環境で育つことに。14歳から4年間絵画の修行のために弟子入り。

1763年と1766年にサン・フェルナンドアカデミーに応募するもあえなく落選。この頃はまだ才能が開花する前だったのかもしれない。

その後、ローマに移住しフレスコ画の技法を学ぶ。1772年に大きな仕事が舞い込む。それはサラゴサのピラール聖母教会から大聖堂の天井装飾を任せたいというものだった。無名とも言えるゴヤにとっては思っても見ない依頼だっただろう。

1774年にはマドリードで活動。1786年には国王カルロス3世付きの画家にまで上り詰め、その後のカルロス4世の宮廷画家になる。この時40歳だった。

国王付きの画家ほど名誉なことはなく、名実ともにスペイン最高の画家となった。しかし突然の悲劇がゴヤを襲う。聴力を失う不治の病にかかってしまったのだった。しかしこの難病にも負けることはなく、絵画を描き続ける。着衣のマハや裸のマハ、カルロス4世の家族などは聴力を失ってからの作品である。

1800年代のスペイン独立戦争などの動乱期にもマドリード、1808年5月3日や巨人などの作品群を描いている。

晩年はスペインの自由主義者弾圧を避けるためにフランスに亡命。この時78歳だった。その後1828年亡命先のボルドーにて  生涯の幕を閉じる。

彼の遺骨は盗掘に遭い、頭蓋骨が失われている。動機も頭蓋骨の所在も全く不明であり、多くの謎に包まれている。熱狂的なファンの仕業なのかそれとも…。

弾圧が厳しい時代にゴヤが精一杯の風刺をしたのがカルロス4世とその家族を描いた集団肖像画である。

細かく見ると意地悪そうな表情などが描かれており、彼なりの精一杯の風刺であったと感じることができる。

ゴヤの油彩画は日本にも収蔵されており、三重県立美術館に「アルベル・フォラステールの肖像」が収められている。