ハンス・ベルメール

2019-10-15

恋多きドイツの芸術家

ハンス・ベルメール(Hans Bellmer 1902年3月13日 – 1975年2月23日)はドイツの画家である他に、グラフィックデザイナー、写真家、人形作家でもあります。
裕福な家庭に長男として生まれ、作画活動を始めたのは22歳のとき。
芸術家として、シュールレアリスム(超現実的主義)で、作品としては 「人形(La Poupée,)」 が有名です。
彼の特徴としては、球体関節の人形をバラバラにして組み替え、エロティックでありサディズムも感じさせ、奇妙で不穏な印象を与える球体関節人形の作品で、様々な感情を見るものに与える作品をつくっているということです。

代表的な作品

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ベルメールは、ナチス政権当時に活躍していた芸術家ですが、ナチスには徹底的に反対していました。
ナチス政権を支持するような仕事は一切しないことを決めて、当時のドイツで流行っていた度の過ぎた健康志向を批判するように、有名な作品としては球体関節人形を用いて作品を制作していました。
ベルメールの球体関節人形の作品は、等身大の人形を一度バラバラにした後、変形させてつくる歪なものでした。
こういう表現の仕方で行き過ぎた健康志向及び当時のドイツを批判していたのです。

また、ベルメールは恋多き芸術家で生涯で3回結婚をしています。
一度目は、彼が26歳のときマルガレーテという女性と結婚しますが、10年後に病気で亡くなってしまいます。
その後、ナチスの恐怖政治から逃れるためにパリに逃げるのですが、そこでマルセル・セリーヌ・シュテールというフランス人女性と再婚します。
5年後にシュテールとも離婚してしまいます。
この5年の間に音信不通だったドイツにいる家族と連絡が取れたり、父親が亡くなったことを知ったりとそういうのが彼に変化をもたらしたのかもしれません。

最後の相手は、ベルメールが51歳のときです。
彼が戦後ドイツに一時帰国しているとき、ウニカ・チュルンという作家と交際を始めます。更に翌年には同棲も始めます。
流石に歳も歳なので籍を入れるという婚姻関係は結んでいないですが、事実婚状態でした。

そんな恋多きベルメールですが、絵画では主に思想家で小説家のジョルジュ・バタイユの挿絵を描いたり、パリで個展を開いたり、写真家としてはウニカをモデルに緊縛写真を撮影してシュールレアリスムの雑誌の表紙を飾ったりしていました。

しかし、67歳のときに脳卒中で半身不随になってしまい、翌年には統合失調症でもあったウニカが自殺してしまいます。
その後、彼は69歳のときにパリの国立現代美術センターで大規模の回顧展を開き、73歳のときに癌で亡くなりました。