ヤン・リーフェンス

2019-10-23

ドラマチックな構成を得意とし、カラヴァッジオを彷彿とさせるオランダ人画家。

PaintingJanLievensSelfPortraitCirca1629to1630.jpg

ヤン・リーフェンス。オランダ出身の画家。等身大の作品を得意とした。貴族や市長などからの多くの依頼をこなしてきた彼は、最終的にはベルリンで宮廷画家として活躍するほどになる。代表作としては「カード遊びをする人々」・「ヴァイオリン弾き」・「血のついたヨセフの胴衣を見つけるヤコブ」などがある。

代表的な作品

もっと詳しく!

ヤン・リーフェンスは1607年にライデンにて生まれる。その後10歳ほどになった時にピーテル・ラストマンの元で2年間修行する事に。12歳の若さで一人前の画家として活躍する者は非常に珍しく、周囲からは神童としてもてはやされたようだ。
マウリッツは彼の才能を高く認めており、特に「デモクリトスとヘラクレイトス」と母親の肖像画は高い評価を得ていた。
31歳の時にリーフェイスはイングランドの宮廷に招かれている。これは自身の作品がイングランド王に献上されたからである。その後はアントワープに定住。市長や貴族の依頼を受けて作品制作に没頭していた。「スキピオの自制」はライデン市庁舎の為に描かれたものとされており今なお有名である。
また、リーフェンスは1626年から5年間レンブラントと共に工房を構えている。
レンブラントはオランダ人画家で生涯を通して物語・風景・肖像画を描いていた。特に聖書物語の解釈は感情・細部まで表現された描写などが世界的に高い評価を得ている。奇術のような滑らかなタッチの一方で、非常に荒々しいタッチも使いこなすことで生涯をかけて芸術を追求した画家の一人と言える。リーフェンスと切磋琢磨し合い、お互いに良い刺激を与えた事により完成した名作は少なくはない。絵画の他にも版画にも精通していたと言われている。
このころ二人で作った作品は素描を含めると24作品にもなる。リーフェンスの作品の特徴は等身大の作品をドラマチックな構成で描く事に尽きる。これはカラヴァッジオの影響が多いと言われている。
その後レンブラントとは別れ、リーフェンスはイングランドに移ることとなる。
イングランドに移住した後にも制作活動は続く。アンソニー・ヴァン・ダイクの影響を受け、トマス・ハワードの肖像を描く。
ベルリンの宮廷画家になった際にはデン・バーグと共に活躍し、多くの作品を手掛けた。
晩年は経済的に裕福ではなかったようで、彼の死後には借金が残ったとされている。