ルネ・マグリット

2019-10-23

新しい思想と古い技術を両立した画家

ルネ・マグリット(1898年11月21日〜1967年8月15日)とはベルギーで生まれたシュルレアリスム派の画家である。

現実の物理法則などを無視し、まるで夢の中の世界にいるような様子を描く「シュルレアリスム」の画家であり、その中でもマグリット自身「目に見える思考」を表現することを特に意識したことで、哲学的な要素だまし絵的な要素を取り込んだ作品を数多く生み出すことになった。

マグリットが意識したシュルレアリスムは当時としては新しい思想ではあったものの、作品自体は筆触をほとんど残さない古典的な描法が用いられており、新しい思想と古い技術の2つが両立しているのもマグリットの作品の魅力ともいえる。

代表的な作品

  • ゴルコンダ
  • 人の子
  • 大家族
  • 白紙委任状
  • 恋人たち

もっと詳しく

ルネ・マグリットは1898年に仕立屋商人であるレオポール・マグリットと、お針子の仕事をしていたレジーナ・ベルタンシャンの間に長男として誕生した。

生まれた当初はベルギー西部レシーヌにいたが1910年にシャトレに移住。そこで絵画教室に通うようになり油彩画や素描などを学ぶようになる。

だが1912年5月12日に母親が入水自殺をしてしまう。もともと母親は自殺未遂を繰り返しており、父も寝室に鍵をかけるなどの対策をしていたが母親に脱走されてしまい、数日間行方不明となった後に数マイル離れた河川で遺体となって発見された。

母親の遺体が発見された際、ドレスが母の顔に覆いかぶさっていており、その様子を見たルネ・マグリットは大きなショックを受ける。「恋人たち」など顔のない人物画があるのは、この母親の影響を受けた結果とされている。

1916年からはブリュッセルの美術学校に入学して絵画について学部ことになった。ただし授業そのものは退屈だったらしく、しだいに伝統的な美術様式よりも近代美術について学ぶようになっていく。

1920年に幼なじみの女性と再会、1922年にその女性と結婚している。1918年から1924年まで女性画を多くつくっているが、そのモデルは自分の妻であることが多い。画家の場合は離婚することも多いがマグリットはそうしたことはなく、結婚した妻と最後まで連れ添うことになる。

マグリットがシュルレアリスムと出会うのは1923年のこと。ジョルジョ・デ・キリコの「愛の歌」という作品を見たのがきっかけとされている。本人も「涙が抑えられない」という言葉を残したように、これ以降シュルレアリスムへと邁進していく。

これ以降はシュルレアリスムの作品を数多く生み出すようになったが、1967年8月15日、癌によりこの世を去った。

哲学的な要素を含んだ作品たちは美術関係者だけでなく音楽業界などの他の業界からも高い評価を得るようになった。
実際に、ザ・ビートルズがレコードレーベルであるアップルレコードを自ら作ったとき、レコードレーベルのデザインにマグリットの作品を採用したという逸話もある。