マン・レイ

2019-10-15

多彩な才能でマルチに活躍する魔術師

マン・レイ(Man Ray 本名:エマニュエル・ラドニツキー Emmanuel Rudnitsky 1890年8月27日-1976年11月18日)はユダヤ系両親のもとに生まれました。
アメリカの画家であり彫刻家・写真家でもあるマン・レイはシュールレアリスト(超現実的観念)で、様々な技法や多種多様な作品を生み出しました。
特に写真においては、現代のようなプリント技術が無いにも関わらず、引けを取らない作品を残しています。
このことから「アナログ写真の魔術師」と呼ばれています。

代表的な作品

もっと詳しく!

マン・レイは高校卒業後に出版社で働きながら画廊に出入りし始め、画家活動を開始しました。
本名はエマニュエル・ラドニツキーですが、25歳のとき結婚を機に本名の名前を縮めてEmmanuel RadnitzkyMan Rayと名乗り始めました。
31歳まで絵画で活動し、それからはパリに移住して写真に没頭する日々を送りました。
ほどなくして、写真家としても名声を手に入れてファッション雑誌に掲載されるまでになった頃、彫刻家のコンスタンティン・ブランクーシと出会います。
彼との出会いもあって彫刻家としても活動を始めます。
ただ、マン・レイは画家や彫刻家というよりも写真家という印象が強い人物です。

なぜなら、彼は芸術というものは崇高な遊びの一種と考えていて、写真の現像とは光に当てて現像してみないと、どんな作品になるか分からない面白さがありました。
絵画や彫刻は自分のイメージで作り始めていけますよね。
こういうことからマン・レイの考え方的に、誰にもどんな作品になるのか分からない面白さのある写真に没頭するようになったと言われています。
実際にマン・レイはダダイズム(人間の理性や実現可能な事柄から生み出す作品を否定して偶然や無作為から生まれる芸術を求める)を根幹に持っていて、こういう言葉も残しています。

『もちろん、技術的なことにしか目を向けない人は常に存在していて、彼らは「どうやって」と尋ねる。一方、より好奇心の強い人はこう訊くだろう、「なぜ」と。個人的には、私はインフォメーションよりもインスピレーションを好む。』

まさに偶然を楽しんで作品を生み出していますよね。
そんな彼のユーモラス溢れる作品から沢山の芸術家が影響を受けました。
日本人で有名どころでいうと「篠山紀信」があげられます。
マン・レイは20世紀を代表するアナログ写真の魔術師として、モダンアーティストとして活躍し続けました。