ウィリアム・ブレイク

奇才の幻視者!偉大過ぎるウィリアム・ブレイクが現在に影響を与え続ける魅力とは

人物の概要

ウィリアム・ブレイク(1757年~1827年)は、イギリスのロマン派の詩人・画家である。

預言書「ミルトン」の序詞が、1918年にヒューバート・パリーにより音楽が付けられ、聖書「エルサレム」として、または事実上のイングランドの国歌として、現在もイギリスではよく知られている人物だ。

生涯の間、ほとんど知られることはありませんでした。

しかし、ブレイクは現在、ロマン主義において最も重要な芸術家とみなされており、2002年にはBBC「最も偉大なイギリス人100」で38位となっている。

代表的な作品

もっと詳しく!

ブレイクは、1757年にロンドン、ソーホー地区のゴールデン・スクエア、ブロード・ストリート28番地に、靴下商人ジェイムス・ブレイクとキャサリン夫妻の第3子として生まれる。

幼少期から絵の才能があり、絵画の学校に入り、1772年に彫刻家ジェイムス・バーシアに弟子入りした。

ブレイクの個人的な神話を描いた難解な詩のシリーズや、代表作品「Newton(ニュートン)」は、同時代の文学・美術家たちからは正気ではない人と判断され批判され、理解されなかった。

ブレイクは幼年時代から幻覚を見る癖があったという。その幻視の能力を本人は「ビジョン」と呼んでおり、絵の才能と同時に詩の才能を持ち合わせていたのだ。

「幻視者」の異名を持ち、その能力を使用しダンテやシェークスピア、聖書などの独自の手法を発明。と同時に、「無垢の歌」などの詩や「四人のゾアたち」「ミルトン」「エルサレム」などの預言書を書いている。

プライベートでは1782年にキャサリンと結婚。キャサリンは勤勉な人物で、生涯ブレイクに寄り添い、彼の最も有名なイラスト付き詩集の印刷を手伝ったといわれている。

日本でもブレイクの影響を受けた人物がいる。柳宗悦や大江健三郎などだ。1894年(明治27年)大和田健樹により初めてブレイクの詩が日本語訳され紹介された。大正に入ると本格的にブレイクの研究が手がけられ、以後盛んに研究が行われるようになった。

最も難解な書き手として知られているブレイクのことを簡単に総合するのは不可能なのだ。

生前は、彼の奇抜な作風は評価されなかったが、現在は多くの思想家、アーティストたちに感化されている。絵画の世界だけではなく、映画や音楽など多岐にわたるジャンルに影響を与え続けていることは確かである。

ブレイクは政治活動家トマス・ペインと親密な関係を築き、フランス革命やアメリカ独立革命を称賛していた。スウェーデンの科学者で神秘主義思想家のエマヌエル・スヴェーデンボリから影響を受けていたといわれるが、ブレイクの作品に対してジャンルの分類が困難であるということが面白い。

ロマン主義と位置づけられているのだが、象徴主義的、シュルレアリスム的、ビジョナリー・アート的でもあり、最も偉大な幻想絵画のひとりとみなされているのだ。ブレイクの死後、彼の作品を鑑賞できることになったことで、難解な作品を繙くことができる。

作品から現れるブレイクの知られざる人物像が次第に明らかになること、それは、彼の能力を知れる機会でもある。これからも永遠に存在し続けるブレイク。これこそが彼の魅力でありブレイク自身の価値でもあり、偉人と化と評される数少ない人物なのかもしれない。